画力がないなら立体を作ればいい

3DCGでワンシーンメイキング(オリジナル小説の挿絵作り)

今までの記事は誰得なのか?

(約 1,000文字の記事です。)

今まで結構気合いを入れて記事を書いてきた。時間数も使っているし、内容も吟味して書いている。けど、最近、誰のために・何のために書くのか分からなくなってきた。私が書かなくても世の中には情報がある。それがただ単に英語のサイトであることが多いってだけだ。

既に世にある情報なら、私が手間暇かけてまで再翻訳する必要もないだろう。探せば見つかるんだから。一生懸命何かを伝えようとして書いて、それで自身が満たされるならいいが、そうでないなら、私は何のために書いているのだろうか。

ふとそう思った。

ブログの更新の必然性や内容、その他諸々、今後の運営について考え直したい。

これまでハイペースで更新を頑張ってきたが、少し休むかもしれない。

Zbrush人口は極小だ。何かを期待して書いても無駄だってことがよく分かった。レスポンスに期待するなら大衆を相手にした方がいい。マイノリティを相手にする自分にとってのメリットって何だろう?よく分からない。

自分の備忘録ならEvernoteにでもつければいい。そうすれば気負う必要もないし、自分が分かるように情報を丸めればいい。人に分かり易くいちいち図を作る必要もないし、メモ程度でいい。

要するに、しゃかりきになってZbrushの情報を発信し続けることの自分にとってのメリットってのが皆無だということに気が付いてしまったんだ。作品作りに時間を充てた方がマシだ、と。ポートフォリオの質を高めた方が説得力がある、と。

素人が手の内を公開したところで、誰も相手にしてすらいないんだ。凄い人になってからでないとやる意味がない。そう考えると、今の自分に必要なことは、自己実現と作品作りであって、目先のテクニックをご大層に懇切丁寧に解説することではないことに気が付いた。

そういうのはプロの執筆家に任せればいい。自分が今やるべきことではない気がするのだ。

つまり、見向きもされない記事を一生懸命書くことがばからしくなったんだな。自己満足ならいいがそれもないなら、何のためにやるのか。理由がないならストップしてみるべき。というわけで、立ち止まってみることにした。

作品を作っては振り返る、というルーチンにしないと自分が成長しない。他人の成長のために自分が犠牲なる必要などない。お人好しすぎた。

今後の運営方針を考え直したい。場合によっては、はてなブログではない媒体に写るかもしれない。反応を期待するなら海外サイトで英語ベースで何かを作った方が、地球上の母集団が大きい分だけレスポンスを期待できる。日本語にこだわらない方が自分のためになるかもしれない。ArtStationに移るか。